銀鼠庵 NOVEL

Vの告白


彼はあたしと同じものだった ひとめ見てそれがわかった
だって 彼の皮膚はあたしと同じように腐り 同じ匂いを放っていた
だから彼と肌を合わせると ぴったりと吸い付き 溶け合って その境が無くなった
これがあたしの男だ 確信した あたしは手に入れたんだ

だけど手に入れたいのは 彼だけじゃない
もっとたくさんのもの あたしに与えられて当然のもの
あたしはもっと多くのものを持っていて当たり前なのに
生まれたときから何も無かった やせ細った 貧乏な女
それがあたしだった 間違っている あたしの中には青い血が流れているのに
それもとっておきの その血に見合うものをあたしは何も持っていなかった
あたしが自分でそれを手に入れようとしたことを 誰が責められるんだ

持ってる奴は沢山いる 持つ価値も無いのに 両手に持ちきれないほど
持っている奴ら 髪粉をふり 香水を浴びるほどふりかけ 絹の靴を履いている
あいつらから全部盗ってやる 取り戻してやる あたしにあって当然のものを

あたしは努力した いやな男にも色目を使い そのたるんだ頬をなで 甘い声で囁く
オウヒサマガ・・ たるんだ頬の男を釣るのは簡単だ 身体の線と同様に 
その神経も緩みきっているのだから あのぶよぶよした身体を踏みつけて 
あたしは望みのものに手が届くのだ あたしはあたしの男と一緒に全てを取り戻してやる

それは煌めくもの 夜空の星よりも輝く 星は手に入れることが出来ないが
あたしは綺羅を手に入れた あたしは笑った 天に唾するほど高い声で 
あの雲の上でさえずっているような王妃と呼ばれる女でさえも 
その手にすることは無かった 綺羅の輝き
手に入れた かつて誰も所有することの出来なかったものを 

譬え今いる場所が あたしの死に場所だとしても なにも後悔は無い
あたしの男はあたしのそばにいるし あたしはあの白い髪をした奴らに
一泡吹かせることが出来たのだ あたしはまた高い声で笑っている
あたしを捕らえ 曝そうという者たちに囲まれていても
でもあたしの男は 誰にも渡さない 彼に触れてもいいのはあたしだけだ
彼の髪も肩も爪も 血の一滴まであたしのものだ 誰にも触れさせるものか
だからあたしは刃を振りかざし 男の背中に突き立てた 
その凶器は 溶け合った皮膚を筋肉を心臓を 貫いて 

いい女だったな あいつが言った あたしの男 あたしの半身 あたしが殺した男
嬉しかった あたしはこれで全部手に入れたのだ 手に入れてから自分で壊した
だからもう あたしに失うものは何も無くて 自分自身すら 捨ててもいい
ここで 母からも妹からも故郷から遠くはなれて あたしの男と一緒に
あたしは死ぬ もうなにも 手に入れる必要は無いのだから


END

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